モンテッソーリ で子育て支援 手作りのモンテッソーリ教育 おうちでできるモンテッソーリ教育

修了レポート

150人目のオプショナルBコース(上級算数教育)修了レポート

※リニューアル後は、文化教育と上級算数が2つのコースに分かれましたので、150人目というのは、リニューアル前から通算して、この勉強会で上級算数教育を学ばれた方の人数となります。

(ほぼ原文のまま)2017年12月卒業

プロフィール

OB19期生(長女9歳5か月 次女7歳6か月 三女4歳7か月)。入会当初は、号令や競争の支配する幼稚園に通わせていたが、モンテッソーリ教育を学び、モンテッソーリ園に転園させたところ、子どもたちが見違えるようになり、正常化を実感する。高校教師として多忙な毎日を送りながらも、4年間熱心に学び、家庭でも良き援助を続けている。

上級算数教育について

 最後のDVDを拝聴し、「また来月、はないのだ」と思い、満足感以上に喪失感に近いものを感じました。それくらい私にとっては日々の支えでしたし、まだまだ学びたいという思いであふれています。子どもたちは家庭で上級算数教育に触れると、「モンテッソーリ小学校ではこんな風に学ぶのか。あぁ、日本にもモンテッソーリ小学校があればよかったのに…」と残念そうに言います。その言葉を聞くと、大人は本当に子どもの気持ちに立ちかえらなければならないと思います。学びはつまらないこと、苦しいことではなく、心から楽しめることでなければ、誰もが持って生まれた知性をうまく働かせぬままに終わってしまいます。子どもの心を守ることは人類の進化を守ることなのだと気づくことができた今、私自身の生き方が変化していることを感じています。

言語教育について

 子どもたちにとって読書は大きな喜びです。お休みの日は、早起きして読書することも多く、平日も読書時間を確保するために宿題を早く終わらせます。アイちゃん先生がおっしゃるように、長女と次女は説明が上手で、語彙も豊富な方だと思います。先日、私に叱られ、反省した長女の手紙は、短時間で書き上げたにも関わらず、簡潔でリズミカル、自分の感情をよく表していて、思わず褒めてしまいました(笑)。言葉の仲間分けのお仕事は家族で本当に楽しませて頂きました。言葉の働きを意識するようになり、言葉を大切にする気持ちを育むことができたと思います。子どもたちは家庭ではテレビは英語で楽しんでいて(海外の作品は良質な物が多いこともあります)、割とよく理解しているので、そのうち英語で文章構成のお仕事をしてみたいと思います。美しい言葉を話すことの大切さを、深い意味で理解することができました。

アイちゃん先生への一言

充実した4年間を過ごさせて頂きましたことに深く感謝しています。わが子に対してはまだまだ足りないところだらけでお恥ずかしいほどですが、仕事に対する姿勢は大きく変わったと思います。先日生徒たちから「先生はいつも笑っていて自分達のことをよく考えてくれる」「授業もわかりやすい」「嫌いだった英語が好きになった」というメッセージをもらいました。授業を見に来られた先生方にも、教室の中が和やかで楽しそうだという感想を頂きます。モンテッソーリ教育を学んで、生徒一人ひとりに命の輝きを見ることができるようになったせいかもしれません。(以前の私はずいぶん偉そうにしていた・・・と当時の生徒に申し訳ないです。) 
先日友人の家に遊びに行ったとき、4歳の男の子が全く言うことを聞かない、人と同じことができないと悩んでいました。幼稚園の先生の勧めもあり週1回療育に通っているそうです。友人の様子を見ていると、しつけなければという思いが先に立って子どもの気持ちは全く無視しています。幼稚園も窮屈なところのようです。これでは話を聞くはずがないというのは、モンテッソーリ教育を学んだ私には当たり前です。でも、モンテッソーリを知らない人にとっては、自分の誤りに気づかず子どもの発達に問題があると思うようです。彼と私のやり取りを見ていた友人は「自分の息子とは思えないおりこうさんになってる、魔法みたいだ!」 と感想を漏らし、少しずつモンテッソーリ教育を学び始たそうです。一方で、モンテッソーリ教育に興味を示す友人に本を貸したりしたこともありますが、読んだ感想は、「大変そう。」 確かに家庭で実践となるとそう思われるのは仕方がないかもしれません。家庭が出発点であるのは当然ですが、モンテッソーリ教育が一般化するためには、子ども達が通える場所を作ることが一番の近道なのかもしれない、いつかそのような場所を作りたいという思いを新たにしています。アイちゃん先生への感謝の気持ちを、少しずつモンテッソーリの輪を広げていくことで私の恩返しとしたいと思っています。
最後になりましたが、先生方のお陰で娘達は大きく成長しています。4年間本当にありがとうございました。

200人目のオプショナルAコース(文化教育)修了レポート

※リニューアル後は、文化教育と上級算数が2つのコースに分かれましたので、200人目というのは、リニューアル前から通算して、この勉強会で文化教育を学ばれた方の人数となります。

(ほぼ原文のまま)2017年2月卒業

プロフィール

 OA23期生(長女6歳3か月)。 長女がまだ幼い頃、アフリカ在住中にIT勉強会に入会を希望するも、ちょうど帰国の時期と重なり、帰国後、入会。子どもの家、モンテッソーリ園に通いながら、家庭での援助も続けてきた。朝日カルチャーセンターの講座にも参加。長女は2017年4月に小学生となった。基礎コース含め、すべてのレポートを提出し、オプショナルBコース上級算数にも参加中。

文化教育について

文化教育の一年は、日常生活の練習と感覚教育の重要性を確認し続ける日々でした。洗練された指先と感覚、イメージする力など、さまざまな能力が結集し活かされるようになって初めて意味を持つ分野であることをひしひしと感じました。また、生命の歴史の巻物のように、なんらかの形で「実際に感じ取る」ことの重要性も改めて感じました。巻物の横を何往復も歩いていた女の子の映像は、とてもインパクトがあり、「体感すること」の大切さを教えてくれました。
基礎コースの際、「文化教育は6歳頃から」と伺いました。実際に娘が6歳を迎え、私自身が文化教育を学ぶと、さまざまな点で納得がいきました。文化教育のお仕事を通して出逢う内容は、まさに想像力を大いに必要とし、それまでにどれだけ実体験をしているかでその想像力の広がりに違いが出ると思いました。また、それまでに獲得した語彙も想像する際の支えとなっています。そして、実際に子どもの世界が広がる時期でもありました。旅行の記憶も以前よりもはっきり残るようになり、街で見かける広告やニュースと繋がったり、幼稚園にベトナムから先生がいらしたことを機に、ベトナムの位置、国旗、言葉、服装など、「ベトナム」とつくものに敏感に反応するようになりました。家庭では、チラシや、食品・洋服等の産地表示などを通して、まずはベトナムのこと、娘の日常との関係に目を向けて行きたいと思います。同様に、日本の都道府県や外国の情報も少しずつ集め、娘の関心に合わせて出せるように準備しておこうと考えております。
「全体から部分へ」、「出発点は具体物」、「鉤の手を利用したスモールステップ」という一貫したムリのないお仕事を通して、子どもの中にさまざまな種がまかれていくので、どんな花が咲いてくれるのかを楽しみにしつつ、家庭ではせっせと水と時には栄養を与えて行きたいと思います。
私自身は、上級算数はこれからですが、基礎コースと文化教育を終え全体像を捉えることができ、ようやくモンテッソーリ教育を学ぶスタートラインに立てる気がします。

平和について

「本当の平和とはなにか」 が問われていると感じました。入園して間もなく、幼稚園で「戦争のない状態が平和ではない。連日凶悪犯罪のニュースが流れ、不審者のために幼稚園の門をより頑丈なものに変えなければならない現実は、真の平和と言えるのだろうか。静かだからと言って、子どもそっちのけで親がスマホに夢中であったり、親だけでおしゃべりをしている状況は、子どもにとって真の安らぎを得られる場だろうか」という趣旨のお話がありました。マザーテレサの「平和は家庭から」という言葉と、アイちゃん先生が勉強会を通してご紹介くださった本の数々にあった言葉と、共通するものでした。
一度起きてしまった紛争は消えません。アフリカに暮らしていた際、日常的にその現実を感じました。武力面での紛争をやめても、別のかたちで、特に心に残ります。心に残っている物はいずれ噴出します。自分は良くても、周囲が関係修復を許さないことも多いです。当事者でない私には計り知れない根深いものがあるようでしたが、触れることすら許されない空気が流れていました。そうした現実を前に、なにもできない自分がいました。
また、私の母は幼い私に、焼夷弾(花火を見るたびに、そのきれいさや音から焼夷弾を思い出すそうです)や病院船での帰国などの戦争体験を繰り返し話してくれました。母をはじめとする戦争体験者はいずれいなくなってしまいます。体験者がいる現在でも、「原爆を落としたのはドイツ」と臆面もなく答える若者が少なからずいることを考えると、日本の学校教育の在り方に疑問を抱きます。
今、一児を持つ母として、なにができるか。戦争体験者から直接話を聴いた者の一人として、少なくとも娘には語り継いでいくこと。そして社会の最小単位である家庭に、穏やかで安心できる空間を作ることであろうと考えています。まだまだ「育自」ができず、「怒る」ことも多々あることを思えば、家庭の平和すら遠い理想と言わざるを得ませんが、心の片隅に留めておくだけでも、多少異なるかと期待しております。教育は「共育」。子育てとモンテッソーリ教育を通して、親子で少しずつ成長していきたいと思います。そして、いずれは、私自身の学びの原点であり目標の象徴として、「陸と海の地球儀」を部屋に置きたいと考えています。

アイちゃん先生への一言

基礎コース同様に、アイちゃん先生が得られた知識と経験にさらに工夫を凝らして作られた資料や手順を惜しみなく共有してくださったことに、心から感謝申し上げます。また、数ある関連書籍の中から、受講内容に沿った箇所をご紹介くださり、マリア・モンテッソーリの意図をよりよく理解することができたと思います。
4月からこどもの家の小学部に、娘を通わせることにしました。先日の見学では、幼稚園にはなかったお仕事、できなかったお仕事があり、目を輝かせて見ておりました。幼稚園とは異なる環境で、娘がどのように反応・適応し、お仕事を楽しんでくれるか、私自身もとても楽しみにしております。家庭では、引き続き日常生活の練習を中心に用意し、モンテッソーリ教育の視点を忘れずに一日一日を大切に過ごして行くことを心掛けたいと思います。

150人目のオプショナルAコース(文化教育)修了レポート

(ほぼ原文のまま)2014年6月卒業

プロフィール

 OA7期生(長女6歳1カ月)。 モンテッソーリ園に通園中の2歳10カ月でIT勉強会に入会。途中で引越のため、モンテッソーリ園から一般園に転園を余儀なくされるも、勉強会で学んだことをもとに、家庭での援助を続けている。

文化教育について

非常に膨大な内容をわかりやすく教えてくださいました。教具の作成や私自身の知識を深めるのに時間がかかり、提示はほとんどできていませんが、教えていただいた概念を元に、科学博物館で本物に触れたり、宇宙の様子を体験したり、金魚やカブトムシを飼ったり植物を育てたりと具体物には日々触れるようにしております。
全体から部分への概念は、これから理科や社会を学ぶ上でも実践できると思いますので、現在地がわかるように導いてやりたいと思っております。そしてカードや年表などの資料が生かせるようにこれからも沢山の具体的な体験をさせてやりたいと思っております。

平和について

基礎講座で学んだ正常化などが平和を生きる人につながっており感動しました。いまだ戦火が絶えない外国をみても子供が武器をもったり・・・と戦争を後押しするような環境にある子供たちが不憫でなりません。モンテッソーリの生きた時代の影響もありモンテッソーリの平和への強い気持ちが講座を通じて感じられました。また、現在その想いを引き継ぐようにアイちゃん先生が心血を注いで教えていらっしゃる姿にも心を揺さぶられました。

アイちゃん先生への一言

長い間お世話になりありがとうございました。
DVDの返却日に追われたり、レポートも滞りがちでしたが、返却締め切りがあるおかげで、どうにか学習できたような気がいたしております。
こちらでのモンテッソーリの教育の他に図書館などでさまざまな教育の本を読み、またさまざまな保護者や子供に触れ以前に比べて私自身の視野が広がってきたとも感じております。
我が家なりの子育てをしながら自分自身ももっと成長できるように努力をしていきたいと思っております。
娘が小学生になれば私の仕事も再開するつもりですが、時間を見つけて上級算数も学びたいと思っております。その時にはどうぞよろしくお願いいたします。ご指導ありがとうございました。

100人目のオプショナルコース修了レポート

(原文のまま)2011年9月卒業

プロフィール

 33期生(長男7歳1カ月)。  モンテッソーリ園に通園中の4歳2カ月でIT勉強会に入会。3年間一度も休まずにレポートを提出。モンテッソーリ園を卒園し、小学生になった今も、モンテッソーリの理念に基づく子どもの見方、援け方を実践している。

文化教育について

日本では、モンテッソーリ教育といえば日常生活の練習や感覚教育など幼児期の内容に対して注目を集めることが多いように思いますが、3年間学んで分かったことは、文化教育を学んでこそモンテッソーリ教育の醍醐味を味わうことが出来るのでは、ということです。幼児期からモンテッソーリ教育で育ってきた子どもたちが、児童期に文化教育で宇宙のこと、地球のこと、世界のこと、また命のことに触れることで、自分を大切にできる、周りの人や物を大切にできる、そして地球全体の状態や環境にまで考え及ぶことのできる思慮深さを身につけられると思います。文化教育を通じて、知るということはとても大切なのだなと感じました。知ることでお互いの違いを受け入れ、認めることができ、それが世界の平和につながっていく、本当に素晴らしいことと思います。
 しかし現実には根深い問題も多く、モンテッソーリの言う本当の意味での平和とは程遠い世の中です。これからの世界を受け継いでいく子どもたちに、学校教育のような型どおりの勉強(または受験のための勉強)ではなく、モンテッソーリの文化教育のように子どもに興味を持たせられるように様々な知識を伝えることが大切だと感じます。私も子育て中の親としての責任を感じています。勉強会で学んだことを意識して、日々の生活の中でも息子と一緒に考えていきたいと思っています。

上級算数教育について

3年前の入会当時から、ピンクタワーや二項式三項式をどのように数値化していくのか、中学生が習うような公式を小学生がどうやって導き出すのかということに大変興味があり、上級算数を学ぶことをとても楽しみにしていました。そして実際に勉強会で学び、その素晴らしさを実感いたしました。算数教育としての内容は幼児期のものとは比較にならないほど難しいことを扱っているはずなのに、幼児期から親しんだ事物が随所に現れることで、映像内の子どもたちがいともたやすく、また楽しそうに課題をクリアしていく様子に、驚きと感動に包まれて拝見いたしました。モンテッソーリ教育では、算数教育に限らず「鉤の手の原理」が随所に見られますが、上級算数ともなるとこの手助けがとても大切で意味のあるものだということがとてもよく分かります。幼児期からの積み重ねがあってこそ、より理解が深まるのだと思います。
 上級算数に関しては、扱う数の桁も増えることで内容によっては教具も大掛かりになってしまうので、すべてを全く同じように家庭で実践するのは難しいかなと感じています。しかし、公式丸暗記の学校教育にはない数の持つ不思議さ、魅力を息子に伝えたいと考えていますので、家庭でできることはぜひ実践してみたいと思います。

アイちゃん先生への一言

3年間、ありがとうございました。IT勉強会を始めたのは息子が年少の時でしたので、勉強会のカリキュラムが息子の敏感期に相当するような順に学べたこともとてもよかったと思います。
また、1年目第1回から毎月楽しく学び3年間続けられたこと、またレポートを一度も欠かすことなく毎月提出できたことは、勉強会の内容のみならずアイちゃん先生のお人柄に寄るところが大きいと感じています。毎月丁寧なお返事をいただき、それが月初の楽しみでもありました。本当にありがとうございました。
息子は、カトリックの幼稚園でモンテッソーリ教育を受けていましたが、カトリックの教えとモンテッソーリ教育からたくさんのことを学びました。小学生になった今でも、息子の中には園生活で覚えた清く正しい行いが根付いていると感じるシーンは多々見られます。例えば、学校ではお友達の朝顔の葉が萎れているのを見てかわいそうに感じてお水をあげたり、先生がたくさん資料を運んでいる時には率先して手伝ったり、先日の台風の翌日には、庭先に落ちた葉っぱや枝で散らかっているのを見るとすぐに、自分からほうきとちりとりを持ちだしてさっと掃除をしてくれたりと、誰かに指示をされなくても自分の判断で正しいことができる子に成長しています。こういうことは、教えてやらせようとしてもなかなかできないことだと思いますが、幼児期の物的/人的環境のかかわりによっては、自ら考えて行動できるようになるのだなと実感し、我が子ながらその行動を見たときにはとても感動しました。
息子は今、まさに文化の敏感期にいるようで、震災からは地震や津波などの自然災害のこと、原発事故からは地球環境について、ニュースや新聞で情報を仕入れては図鑑などでしくみや対策を考えているようです。そんな姿をみると今のところ、幼児期からモンテッソーリ教育で育った子供らしく成長してくれているように感じます。これから先も、私自身が環境の一部ということを忘れずに、息子の成長を見守りたいと思います。
3年間、本当にありがとうございました。

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